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【豊田 子育て】豊田市で知り合いのいなかった私が感じた孤独とそこから抜け出すのにやったこと。

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結婚して豊田市に来て7年。子どもが生まれてから生活が変わった。

2011年の春に結婚した私は結婚式の次の日に豊田市に来ました。それまでは1回豊田市に新しく住む場所を見に来たことがありましたが、インターネットで検索してもこれといった特別な情報は無く、私もとにかく豊田市に着いたらハローワークに行って失業保険をもらわないと!くらいにしか考えていませんでした。それから、住んでみて7年。色んなことがありました。いや、東京で仕事を続けている同級生達の毎日に比べたら、エキサイトなことは特にない地味で平凡な7年と言えるかもしれません。

silviarita / Pixabay

地域に知り合いがいない県外出身者の子育ては孤独

知り合いが全くいない愛知県に来た私は「地域での疎外感」を強く豊田市で感じていました。とりあえず、子どもがいない頃はただ「友だち」ができれば良いなと思い、習い事を始め、一緒にカフェに行ったりする友達ができてそれで満足しました。でも、妊娠、出産してから再び訪れたもっと深刻な「地域での疎外感」。これはそれまでに感じたことのないものでした。

豊田市には地元出身の人が多く住んでいます。東京でいう八王子の郊外(私の父の故郷)に少し雰囲気が似ていて、外からの人にも親切なところも、生活しやすいところも、そして実家の近くに家を建てて親族との関係が密接な人達が多い。

赤ちゃんが生まれたばかりの私は行く先々(健診、予防接種、皮膚科、スーパー、公園)でおじいちゃん、おばあちゃんと来ている子ども達がいっぱいいて羨ましくて仕方ありませんでした。

「おかあさん、この子ちょっと見てて!美容院3時頃終わるから。」と実母と一緒にいるのが当たり前のような風景を見かけると、自分が関東に住んでいたらおそらく同じようにしていることなのに、なんだか特別羨ましくなり泣きそうになりました。自分は疲れても、風邪をひいても、行きたいところがあってもとにかく1人でこの子と一緒にいつもいないといけないんだと自分を追い詰めるようなことを考えたりもしました。

何かあった時に誰に相談したらいいんだろう?地域に祖父母も親戚もいない娘は、誰に声をかけてもらえるだろう?親に知り合いがいないことで子どもが寂しい気持ちになったらどうしよう?

子どもはまだ6ヶ月。親が笑ってくれれば問題なく育ってくれる時期。でも、外に出かけると、他の子達は週末に気軽におじいちゃん、おばあちゃんに会えて抱っこしてもらえて、従姉兄と遊べるのに、この子はいつもこの家の中だけ。せめて、自分に友だちがいっぱいたら…、実家の家族のそばで暮らしたい、と寂しくなることばかりを考えていました。

DSC01898地域とつながるために6ヶ月の娘と始めたボランティア活動

平日は赤ちゃんといつも2人きり。誰とも話さず1日が終わる。サークルみたいなものや教室のようなものにも行ったりしたけど、ペーパードライバーの自分は「じゃあ、今度は~~で遊ぼう!」とみんなが決めた場所には行けず、やっぱりひとりぼっち。他にも病院やお店などでかけられる地域の色んな人達の言葉ひとつ、ひとつを気にしてしまい「やっぱりこの地域は自分のいる場所ではないんだ。私は私の生活しやすい場所に帰りたい。」という関東への捨てきれない気持ちが常にありました。

そんな私が「地域とつながる」きっかけとして「ボランティア」を始めました。学生の頃に学んだ英語やスペイン語を活かした何かを、子どもと一緒にできたらいいなと思っていた頃でした。「ボランティアなんてよくやるね。」とよく言われる度に、「そんなに偉いことしてるわけでもなくて、ただ暇なだけですよ。」と言っていましたが、それは本当で私は寂しさを埋める為にお金を払って色んなイベントに親子であっちこっち行くくらいなら、少し地域のためになることを、地域の人と一緒にしたいなと思ったのです。家に引きこもっているよりずっと良いかな、と。

と言っても、赤ちゃん連れは普通の「ボランティア参加」とは話が違います。まだ歩けもしない赤ちゃんとできるボランティアというのは広報やホームページなんかにも載っていなくて、市の社協や国際交流協会に電話やメールで問い合わせをしたりして色々探しました。「赤ちゃん連れ可」のボランティアなんて実際はなくて、ボランティアは「子育てが落ち着いたらぜひ来てね。」というのが一般的だと思います(ボランティアの内容は赤ちゃんの状態によるけれど、ボランティアはボランティアで責任もあるので赤ちゃんにも負担になってしまう場合も多いはず)。

526663 / Pixabay

継続的に参加させてもらった多分野のボランティア活動

そんな中で実際に見学に行ったりして自分達親子の話をしていると「本当は子ども連れのボランティアは募集していないけれど、無理しないで来てみたら?」と幾つかの場所が私たち親子を受け入れてくださって、それから私たち親子の生活はぐんと充実したものになりました。まわりの人達が声をかけてくれ、長女はボランティアの間ずっと座ってニコニコしているので毎回行くのが親子で楽しみになりました。

週に2~3回日本語教室のボランティアに行っていた時期もあったし、多世代交流をしている団体で一緒に活動もしたし、多文化共生の活動をしているNPOの教室にも行かせてもらってお手伝いできる作業をしたり。自分の母くらいの年代の人達と活動しながら、パソコンのことやスペイン語のことで力を出す機会を頂けて、「この地域でも私ができることってあるんだ!」と世界が急に広がって、学生の頃のようにどんどん元気になっていきました。

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まわりのママ達はベビーサークルや習い事で忙しい就園前の時期、私は地域活動でスケジュールがいっぱいの日々を過ごしました。

もともと、年代の違う人と仕事や交流するのが自分は好きだったんだなと改めて実感。もちろん、「有償」とか「交通費支給」のものがあればそういうもののほうが良いんだと思います。それに、子どもが生まれていなければ仕事を見つけて仕事をしていたと思います。「ボランティアをするくらいなら仕事すれば?」とよく言われたのも確か。実際、そういう風に有償に発展していった活動も中にはあるのですが、私の中では赤ちゃんと毎日2人きりで精神的に病んでた時に自分と同じようなママが集まる「赤ちゃん向けのサークル」だとなぜかよけいに寂しさを感じてしまい、そういう時に赤ちゃん連れで自分よりも年代の上の人達と一緒に活動できることで、自分らしく、居場所を見つけられた。孤独を感じていた私が親子で地域に入っていく最初のステップとしてすごく良かった。そんな風に考えています。

もちろんこんなことしなくても地域とつながれる人、寂しくない人、仕事として社会としっかりつながれる人、子育てサークルで良い友達と出会える人など色々いると思います。今はSNSとかインターネットが発展しているから色んな方法がありますよね。

F62C03D7-971B-4532-9F2E-280D025E18E4とにかくいっぱいの人と出会えた時期。地域、多世代のことを知るきっかけになった

そんな私が公共交通機関と徒歩だけで参加した様々な地域での活動。色んな出会いがあって、全てが大切な思い出ですが、福祉センターで高齢者の人達と切手の仕分けをしたのは他のものとは少し違くて面白かったです。使用済み切手を切りながらその場でしか会うことのない人達だけど、「どこの回転寿司が美味しい。」とか「あそこのバスはどこに停まる。」とかたわいのない会話に混ぜてもらって、誰かが持ってきてくれた焼き芋を分けてもらったり、なんかどこかの田舎にいるような温かい感じがしました。中高年や高齢者の人がほとんどで、最初は赤ちゃん連れで来たことをびっくりする人もいたけれど、みんなが温かく仲間に入れてくれて、月に1回の開催なので、その時1度しか行けなかったけど、またいつでも行きたいと思いました。

日本語教室で出会った外国から来たママやパパとの出会いも自分に大きく影響を与えました。「違うこと」が仲良くなるきっかけになる。そうやって「友達」ってできるんだ!県外から来たことで悩む自分もいれば、海外から来たことで悩む人もいる。抱えている問題はお互い様々だけど、一緒に楽しいことをしていると自然に新しい道が見えてくる。この時に知り合った人達と一緒に「グローカルとよた」という市民活動団体をつくって活動をし始めました。

子どもが1才になった頃は半年間、子どもが寝てから高校3年生2人の英語の家庭教師もしていました。知り合いの人に頼まれて自宅でしていましたが、2人とも自分でちゃんと勉強できる生徒さんだったので、大変なことはなく、私にとっては地域の高校生と触れ合えるとても楽しいひと時でした。自分の娘も地元で進学するならこのお姉さんたちのようになると思うと地元の高校も良いなと思えたし、自宅で英語を教えられるというのも赤ちゃんのいる私にはすごくありがたかったです。

image本当は誰とでも「友だち」になれる、それで元気をもらえる

豊田市に来た時に「友だち」がいなかった私は「同じ月齢の子を持つママ友が欲しい。」「同じ県外出身者の友だちが欲しい。」「同じ小学校地区、同じ幼稚園に通う友だちが欲しい。」「同じ趣味を持つ友だちが欲しい。」こんなキーワードで友だちが欲しいと思っていましたが、実際に孤独だった自分に元気になるきっかけをくれた人たちは、子どもがいない人、結婚していない人、主夫のパパさん、外国から来た人など、実に色んな人がいました。それだからこそ、自分はすごく楽しく生活できるようになれたのだとも思います。

なので、「友だち」って、別になんでもいいんだと思います。ただ「なんでも話せる」って大事だと思います。誰でもそういう知り合いが地域のどこかにいたらあんなに寂しくなることはなかったのかな。

DSC03811ママ友。情報網ではこれに敵う者は無し

子どもが少し大きくなり、幼稚園やサークルに入ると親子で友だちができて、そのつながりも嬉しいものです。こども会は小学生からだし、赤ちゃんの頃はこういうつながりがある人もいれば、最初は無い人ばかり。特に「子育て」(「介護」もきっと同じ)などの情報は同じような立場の人同士で交換できると、確かに生活はずっと楽になります。

私も「ペーパードライバー」で「県外出身」のママさんに会った時にはすごく嬉しくて連絡先を交換し、その人とはとても良いお友だちになりました。ペーパードライバーや県外出身者の人が必要な情報っていうのもあるし、その立場だと話しやすい悩みみたいのもあったりして。別に「同じ県外出身者じゃないと友だちになれない」ってことは決してなくて、だけどすごく必要な情報があるのなら(特別な治療を欲しているとか)そういうつながりをたまに見つけるのも良いのかもしれません。

なので、「友だち」って、「知り合い」含め、色んなつながりでポコポコ出て来るとやっぱり良いんだろうな。同じ皮膚トラブルを持つ子を持つママさんが通っている皮膚科がどこかとかもやっぱり参考になるし、でもそういうのばかりで友だちをつくろうとするのはどうなのかな?とも思うし。

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LINE交換できてもその後に連絡を取りづらい現状

時々親子で遊びに行く交流館では、赤ちゃんを連れたママが掲示板やチラシとかを見ている。「赤ちゃん可愛いですね。何か月ですか?」と訊くと、「今、6ヶ月で最近豊田市に引っ越してきたばかりなんです。全然分からなくて。」と教えてくれる。あの頃の自分を見ているようで、心配なこととか知りたいことがないか訊いては色々説明してしまう。

「すみません、良かったらLINE交換してもらえませんか?また色々聞きたくて。」と訊かれてLINEを交換することが時々あります。「私もまだ子どもは幼稚園生だけど、何かあればLINEくださいね!」とLINEを交換しても、実際にLINEで何か訊かれることはほとんどなくて(外国人のママさんだと病院や施設のことについて質問のメールが来る)、もしかして全然困っていないのかもしれないけど、普通に考えて日本人(東アジア含めかな?)の感覚だとそんなに親しくもない人に訊きづらいんだろうな、と思いました。

だって「すみません、~~交流館でお話したRです。お子さん可愛かったですね。もう~ですか?最近、幼稚園を探していてA幼稚園とB幼稚園で迷っています。A幼稚園にお子さんが通っていた気がしたのですが、実際どうですか?すみません、お忙しい時に。お時間のある時で大丈夫なので。」と文章を組み立てるのも、相手にこんな時間にLINEして大丈夫かな?とか考えたり、面倒ですよね。

JESHOOTS / Pixabay

ブログは少数派の気持ちを書いてみると面白い

なので、去年から始めたブログ。これは便利で良いなと思っています。書く側も誰が読んだか分からないし、読む側も「教えてくれてありがとう。」といちいちお礼を言う必要もないし、読みたくない人は読まずにスルーしていいし、必要な人には検索してひっかかるんだから便利な世の中。

豊田市は自動車メーカーの城下町で、「ペーパードライバー」と言うと「えっ?!」と絶句されることが多く、私もできるだけ人前ではペーパーなことを隠しておきたいなと思う時期もありました。東京や大阪ではマジョリティだけど、明らかにこのエリアではマイノリティです。車を利用する人には申し分のない街も、そうでない人には実は不便(別に車のせいではない笑)。出かけるのにバスと電車での移動だった私は無人駅(別に田舎でなくても市内で無人駅は当たり前の豊田市)でさらにエスカレーター、エレベーターの無しの駅で降りて娘をおんぶし、ベビーカーを抱えて階段を降りる。東京のように手伝ってくれる人も全然いなくて(まず、駅で降りる人がほとんどいなかった)危ないし大変でした。この話をみんなの前でしても「なんで車に乗らないの?」となってしまうのが、おそらくマイノリティの人の辛さで、だからみんな言わないんじゃないのかな。

このブログを始めたのはもともとボランティアで知り合った人が「情報発信」「広報」で困っていると聞いて、だったら自分でホームページを作って、そこで情報発信を一緒にできればいいなと思って始めたのですが、この記事のように、私個人で豊田市で子育てをしながら感じたことや行ったところの記事を書いています。豊田市に来たばかりで知り合いのいない人や何も知らない人が読んで少しでも何か役に立ったら嬉しいな、と。びっくりしたのは「豊田市 ペーパードライバー」で検索して見に来てくれる人がけっこういるということ。「車」はこの市にとっては大きなスポンサーだし、そんなCMが流れる番組に「ペーパードライバーの事情」なんてコマは流れるはずなくて、「こんなこと気にするのも書くのも私くらいだろうな~。」と思っていたらググって来てくれる人がいるんですね。少し嬉しいです。

TerriC / Pixabay

「当たり前」は地域や人によって少しずつ違う。

結婚して家庭を持ち、豊田市で暮らしてみて。周囲のことに「囚われない」ってことがもちろん大事。それと同時に「馴染む」(あまりこの言葉は好きじゃないけど)というか、「慣れる」「受け入れる」というのも新しい環境で生活していくのに大切なことだなと感じます。「当たり前」のことっていっぱいあるけど、子どもは「それ、当たり前じゃん。」で済ますことでも、大人は「もしかしたら、それって『当たり前』じゃないのかな?」と一歩立ち止まって考えたい。「それ、私にとっては『不思議』なことだけど、あなたにとっては『当たり前』なんだね、初めて知った。」ということがけっこうあるんだな、と結婚してから、新しい地域に住んでから感じます。私や子ども達にとって「当たり前」のことを、夫が驚いてストレスに感じて怒ることもあるし、それはどこでも起きる現象。だからこそ、それで怒ったり、傷ついたりするんじゃなくて、説明したり、受け入れたり、そういう風にやっていけたらいいなと思う。

色んなつながりの知り合いや友だちがいるのは、そういうことを楽しんでできるようになるのでみんな「友だち」が欲しいと思うのかもしれない。新しい友だちは新しい場所での生活には必要不可欠。私も今は海外から来た人達が地域の中で生き生きと暮らせるようなことをしたいと市民活動をしています。

imageそれに、実は昔からの友だちの存在もすごく大切だと感じています。普段会えなくても(もう何年も会っていなくても)昔から自分の弱さをいっぱい分かってくれている人の存在に支えられ、励まされているんだな、と。ブログは遠くに住んでいていつもお互いを応援している、そんな友人達にも手紙のように読んでもらえるので面白い。

いつもブログを読んでくれてありがとうございます。

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2 件のコメント

  • 急で申し訳ないです。自分も東京の練馬区に9年間いました。豊田市が地元でこちらに戻ってきました。今は、ボランティアで豊田市の地域活性化の為と多文化共生の為に活動しています。
    もし宜しければ6月16日中京大学豊田キャンパスの新体育館で外国人の大人と子供のスポーツフェスティバルを開催します。受付 9時になります。興味が、ありましたら参加費無料ですので是非お越しください。フェイスブックでも告知しております。よろしくお願いします。

    • 小林さま

      コメントありがとうございます 練馬区!私も東京にいた頃は西武池袋線と大江戸線を毎日利用していました。

      6月16日のイベントは中国人の知り合いの方からもお誘い頂いたのですが、娘の幼稚園の行事と重なってしまって参加ができずとても残念です!国際交流も運動も好きなのに!

      どんな活動をされているのかもし良かったらまた教えて頂けると嬉しいです

  • コメント